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相対性理論 presents 「八角形」@日本武道館 (2016.07.22)

相対性理論日本武道館公演「八角形」を観た。

相対性理論の新譜「天声ジングル」唯一のレコ発ライブである「八角形」。二度とない演出のライブが行われることは明らかで、恐らくこのライブを最後に二度と演奏されない曲もあるだろう。アルバムをループ再生しながらどっぷりと浸かっているうちに、ふと気が付くとチケットの先行予約を申し込んでしまっていた。

取れた席は二階の南側。二階? これはハズレかな? と最初は思ったけれど、武道館は二階でもステージとの距離はないと聞いているし南側はライブステージと正対できる角度のはずなので、期待して臨んだ。

ライブステージは公演名通りに八角形だった。黒い八角形のステージが、八角形の武道館一階フロアの北側に設置されていて、そのステージの後ろに三面鏡のようにスクリーンが三枚設置されている。使われていない北西、北、北東の二階席と一階のステージの間にスクリーンが設置されている構成、といえばイメージし易いだろうか。

19時の開演時間を過ぎること15分。会場が暗転し、スクリーンにFLASHBACKのPVが映し出されてライブが始まった。


相対性理論『FLASHBACK』 MV(監督:黒沢清 )

ライブスタート

一曲のPVが終了するとステージにメンバーがスタンバイしており、「天地創造投げ出して あれから世界は」とのボーカルと共に、いよいよライブが始まった。そう、一曲目は「天地創造SOS」。

新譜「天声ジングル」は、人類の始まりから終わりまでがイメージされており、最後の曲である「FLASHBACK」を挟んでループするような構成になっていたので、そのアルバムを実演する形になるのだろうなあと想像できた。曲順通りに続いた二曲目の「ケルベロス」までは演奏がまだ固く、特にオリジナルメンバーの二人が調子出ていない印象。このままアルバム全曲演奏のみで終わるようだとちょっと辛いかもしれない、と思っていたところ、三曲目に挟み込んできたのが「地獄先生」。今日の相対性理論は旧曲の安定感がとても高く、この「地獄先生」で一気に息を吹き返した。

そして四曲目は、新生相対性理論の代表曲である「キッズ・ノーリターン」。以前になんばHatchで聴いた時にも衝撃を受けたけれど、キッズ・ノーリターンのSingle Ver. アレンジはツインドラムの迫力が本当に格好良い。正確な変拍子リズムをダイナミックにメリハリを付けて演奏することで生じる格好良さをこれでもかとばかりに魅せつけてくれる。

続けて、「お客様の中に、わたしはいませんか」と円城塔先生もきっとニッコリするだろうMCを挟んで、「わたしがわたし」を演奏。新譜三曲目のウルトラソーダが飛ばされてしまい、ここからはあまり新譜の曲順にこだわらない流れで演奏が進んでいく。

八角形のステージの上、メンバーは五角形のポジションが立ち位置になっていた。フロントは中央に一人、やくしまるさん。その右後ろにギターの永井さん、左後ろにベースの吉田さん、さらにその後ろをフロント寄りで、左側イトケンさん、右側山口さんが並ぶ、といった五角形の立ち位置構成。正直二階席からは、人が判別できるほどにはっきりとは見えなかったので、違うメンバーだった可能性もあるけれど……。

演奏を通じて、ドラムとベースの安定感がとても高いことに驚く。音源の演奏は決して簡単でない、むしろかなり精緻なバランスが保たれているのに、その音源以上の演奏をし続けるリズムパート群の練度の高さには感服した。しかし、今日の客席はスタンディングが許されない。思わず立とうとした人は係員に静止され、全員着席状態を強いられた。リズムに乗りたいのに乗れないもどかしい時間が続く。そもそも体をゆらゆらさせるような人も少なくて、微動だにせず食い入るように見る観客が大半を占める、なんだか不思議な空間だった。

拍手以外にレスポンスのない観客が初めて「反応」したのは、「いいよ、ずっきゅんしても」とのMCに対しての黄色い悲鳴だった。そこから始まったのはもちろん「LOVEずっきゅん」。音源よりもリズムパートの迫力が増し、ジッタリン・ジンの「夏祭り」のようにダイナミックな躍動感がある演奏が繰り広げられ、曲の懐かしさと相まって心が温まった。

ロンリープラネット

ドラムが強調されてダイナミックさが増した「弁天様がスピリチュア」の演奏後、やくしまるさんは一旦退場。そこから他メンバーによる演奏が続く。後ろのスクリーンには宇宙をイメージした映像が投影され、時折途切れ途切れに「地球はどうなっていますか」といったような、やくしまるさんのメッセージボイスが挟まってくる。幕間を繋ぐような即興っぽい演奏だったけれども、宇宙時間を早回しするようなイメージが頭に浮かんでくるにつれ、これは計算された「演奏」なのだと気付いた。何らかの明確な意図がきっとここにはある。そもそも幕間としては演奏時間が経ち過ぎている。

十分程経っただろうか、再登場したやくしまるえつこがdimtaktを振りかざし、ノイズのようなサウンド流れた。その瞬間、今から「ロンリープラネット」が演奏されること、そして、これまでのインストゥルメンタルの演奏が、ロンリープラネットに繋がるイメージだったことに気付いた。イントロのアコースティックギターが鳴った瞬間、観客からも歓声が沸き上がったように思えた。


やくしまるえつこ『ロンリープラネット』(RADIO ONSEN EUTOPIA) MV Full ver.

やくしまるえつこ名義の曲であるロンリープラネットだけれども、よく考えたら今日のライブのイメージにはピッタリの曲だった。宇宙のイメージが一気に集約されるような、心に大きく深く染み渡る演奏に心を貫かれて、呆然としてしまった。

全長として二十分を超えただろうロンリープラネットが終了し、観客からの今日一番の拍手があった後、始まったのはなんと「Z女戦争」。ティカ・α名義でももいろクローバーZに提供し、シングルになった曲だ。ロンリープラネットでの静謐な空気を一転させるアイドルモードには驚かされた。

しかもこの「Z女戦争」、ファンサービス的に頑張ってバンドアレンジで演奏してみました、なんてレベルの演奏ではなくて、異常に完成度が高いロングバージョン。やくしまるさんのアイドル没入感も相当のもの。ももいろクローバーZに完成してもらった曲のパワーを、相対性理論として更に昇華させたこの演奏には驚くばかりだった。

一気に盛り上がったステージで、「落ち込んだりもしたけど、私は天使です」とのMCで始まった「ベルリン天使」から新譜モードがゆるやかに再開。途中に「ミス・パラレルワールド」を挟みつつ、新譜の曲を続けて演奏しながらライブは終わりに向かった。

ライブ終了へ

「一身上の都合により、終わりを始めます」とのMCで始まった「おやすみ地球」では、強めの白いスモークに向けて青色と緑色のライトで一階席を照らすことで、一階席の上空を宇宙から観た地球のように見せるような演出もあった。驚くほど「緑と海が雲に覆われているイメージ」になるんよね。とても良い発想だった。今回のライブ、武道館のような大舞台にありがちな大掛かりなセットはなかったけれど、よくよく準備が練られた演出が多いなあと心から思った。同じような演出をし続けるのではなく、数分間のために凝ったような演出がとても多く、とても貴重な瞬間の連続だった。

最後は「FLASHBACK」。ただし今度は生演奏。ライブの冒頭と繋がり、天地創造が輪廻したところで本編は終わった。

アンコールの一曲目は「スマトラ警備隊」。以前聴いた時にも思ったけれど、原曲よりもテンポが数段速い。テンポが速いことで曲の持つインディーズロックっぽいイメージが強まるので、これはとても良いアレンジだ。そして最後は、新譜収録曲の中で唯一演奏していなかった「ウルトラソーダ」。アルバムの中でも少し浮き気味の先行曲だったので、アンコールに回したのは正解だったと思う。

演奏後、「またね」と言い残してアンコールも終了。終演となった。

音楽として、映像として、何次元にも果てない世界を観せてもらった二時間強だった。

ただ通常のバンドのライブとは異なり、演奏者と観客で空気を作り上げるという雰囲気は一切無いライブだった。ステージで繰り広げられる演奏に対して、観客は何も干渉ができず、立つことも許されず、ただの観測者でしかなかった。「参加者」ではなく「観測者」だった、そのことがもどかしく、苦い味として心に刻まれた。それはとても相対性理論らしい「切なさ」だった。

セットリスト

~アンコール~

【エレキ大浴場 29】 eastern youth/ZAZEN BOYS@京都MOJO (2016.04.23)

京都MOJO、エレキ大浴場がまたやってくれた。

bloodthirsty butchersZAZEN BOYSのツーマンから三年後。

metaparadox.hatenablog.com

eastern youthZAZEN BOYSの対バンが、ここ京都MOJOで実現した。巨頭激突、再びである。

チケットは早々にソールドアウト。数日前になって仕事の都合が付いたもののチケットがないので諦めていたところ、幸いにもTwitterで譲渡の申し出を頂くことができた。しかも店頭販売チケットの一桁番号という最前列確定の番号。大感謝だった。ありがとうございました!

最前列のステージ向かってやや右に陣取り、開演を待った。ステージと最前列の柵までの距離がゼロ、客席とステージはスクリーンで仕切られているけれども、スクリーンの向こうから息遣いが聞こえてくる。目と鼻の先でライブが始まる。開演前から異常に緊張が高まってきた。

eastern youth

ZAZEN BOYSが先かと思っていたけれども、eastern youthが先にステージに登場。メンバー交代の影響かな?

持ち時間の一時間は短い、とばかりに最初から完全燃焼状態のパフォーマンスが展開されるeastern youth。一曲目から吉野さんのメガネが曇り出すような大熱量がステージから客席に向けて放たれていく。

ベースが二宮さんから村岡さんに変わってから初めて観るeastern youthのライブだったけれども、その第一印象は「一皮むけた」サウンド。二宮さんとの三人のサウンドは「鉄壁」で、完成度の高さは随一だったけれども、村岡さんとの三人のサウンドは、分かりやすくなった音が一つ一つ襲いかかってくる「精強」な印象。どちらも強いサウンドだけれども、方向性が違う。大きく変化する可能性が感じられて、今後が楽しみになった。

三曲目「与えられた未来は要らねえ、直に掴み取る」とのMCから始まった"直に掴み取れ"でぐっと観客の熱量が上がる。客演をしていた向井さんが途中で出てくるかな?と少し思ったけれども、向井さん登場は無く、少し残念だった。ただ、そこから被災者へエールを送るように始まった"ナニクソ節"で、足下から一気に湧き上がり燃え上がった。

そして、一番盛り上がったのは"たとえば僕が死んだら"。まだまだこの曲の人気は根強く、ZAZEN BOYS含めても今日一番のモッシュが発生した。うわあ圧縮だ、おっさん元気だなあと思ったけれども、振り返ると前方に出てきたのは大学生くらいの若者が多かったのには驚いた。若いファンいるじゃないか。まだまだeastern youth現役だわ。

ラストは"街の底"。熱量極まっても、駆け足にならずに力強く噛みしめるように歌われていくところはさすがベテランの足腰を持つeastern youth。新しくなったが、持ち味は失っていないeastern youthのライブを堪能した。

ライブが終了してステージ転換が始まった時、ステージのアンプの上で一輪挿しになっていたオレンジ色のガーベラを、隣にいた女の子がローディーさんから受け取っていた。その女の子によると、ライブが終わった後にステージの一輪挿しを観客に渡すことがあるのだとか。一輪のガーベラを守るように、胸元で大事そうに抱きかかえながら次のステージを静かに待っている光景が、とてもeastern youthらしい可憐さだだった。

ZAZEN BOYS

後攻はZAZEN BOYS

最近のワンマンのライブを圧縮したようなセットリストが展開されたけれども、鉄板だった"Honnnoji"がセットリストから落ちた。"泥沼"を演らないのも珍しい。"すとーりーず"以来、新曲が作られないまま四年経っているけれど、構成は少しずつ変わってきている。

今日一番盛り上がったのは"サイボーグのオバケ"。歌詞にある「陸軍中野学校予備校理事長 村田英雄」の村田英雄を言い換えるのがライブでの定番なのだけれども、今日はプリンス。「内閣総理大臣 プリンス! 国家公安委員会委員長 プリンス! 農林水産大臣 プリンス! 陸軍中野学校予備校理事長 プリンス!」と、ゴロの悪さなんぞ屁でもないとばかりに名前を連呼し、向井さんらしくプリンスを追悼した。

しかし、そこからは「長澤まさみのブラジャー→パンツ→脱がすとそこには内蔵→倍増→倍返し→堺雅人の顔真似で『倍返しだ!』をキメる」というHENTAI展開で一気に雰囲気がエンタメに。今半沢かよ!逆に新鮮だわ!聴く度に内容の変態性が増しているサイボーグのオバケ、まだまだ留まるところを知らないようだ。

"COLD BEAT"では、ライブ中に向井さんがメンバー三人を指揮するパートがあるのだけれど、それもなかなかの支離滅裂ぶり。エンタメを通り越してシュール・狂気の域に達していた。パターンの準備なく、何をやるか突発的に考えている感じ、最近ではなかなか珍しいと思う。

今日は普段に増してクレイジーな発言が多かった向井さん、唐突な謎の身振りも多く、すっかり煙に巻かれてしまった。

アンコールは"はあとぶれいく"一曲で終了。"Asobi"か"Kimochi"で終了すると思っていたので意外だった。最後はダブルアンコールを求める拍手を、吉田一郎さんの挨拶で収めて終了した。向井さんの隣にあったいいちこの減りが悪かったので、今日はあまり体調が良くなかったのかもしれない。

セットリスト

  • 6本の狂ったハガネの振動
  • Himitsu Girl's Top Secret
  • Riff Man
  • MABOROSHI IN MY BLOOD
  • 暗黒屋
  • サイボーグのオバケ
  • 天狗
  • COLD BEAT
  • Friday Night
  • 破裂音の朝
  • 自問自答

~アンコール~

  • はあとぶれいく

終演

ライブ終了と共に、どっと疲れが襲ってきた。両バンドの演奏に引き込まれ続けていて、疲労に全く気付けていなかった。途中で冷静となる瞬間がほぼ無かったものなあ。これは唾かぶり最前列で見続けることができたせいでもあるだろう。

ステージとの距離の近さのおかげで、今日はかなり詳細にステージを眺めることができた。eastern youthの熱量も、ZAZEN BOYSの一体感も、観る距離の違いで印象が大きく変わってくるもので、今日は色々な発見があった。ライブを観る時は「なんやかんやで中央五列目~十列目位で観る」が最近よくあるパターンだったけれども、たまには違う場所で観るべきだなあ。最近は最前列で観ることにこだわることがほぼ無くなっていたけれど、やっぱり良いね、最前列。

2015年の邦楽10枚

2015年にリリースされた邦楽のアルバムから最高の10枚を選ぶ。

選出基準

  • (表題通り)邦楽のみ。国内で(も)活動するアーティストに絞る。
  • 1アーティスト1枚
  • コンピレーション盤は最大1枚。
  • シングルは除く
  • 映像作品として販売されていたものに付いてきたCDは対象外

過去の10枚

2014年の邦楽10枚

http://metaparadox.hatenablog.com/entry/2014/12/31/132004

2013年の邦楽10枚

http://metaparadox.hatenablog.com/entry/20131231/1388501652

2012年の邦楽10枚

http://metaparadox.hatenablog.com/entry/20130115/1358261719

2011年の邦楽10枚

http://metaparadox.hatenablog.com/entry/20120118/1326889267

2010年の邦楽10枚

http://metaparadox.hatenablog.com/entry/20110411/1302534280

cero/Obscure Ride

Obscure Ride 【通常盤】

Obscure Ride 【通常盤】

一聴して「ceroってこんな音楽だっけ?」とは思ったけれど「ceroってこういうバンドだったわ」とすぐに思い直した。思い出した。そういえば前作「My Lost City」を初めて聴いた時にも同じような感想を持ったのだ。ceroはカテゴライズの先に進んでいくバンドだった。

この作品を説明するにあたっては、ソウル、ジャズ、R&B近辺のジャンルが引き合いに出されることが多く、マニアックさを語れば語るほどその複雑さばかりが印象付けられてしまうのだけれど、こんなに何も考えずに気持ち良くなれる音楽は他にない。予備知識なんて何も要らない。程良く揺らぐリズムとグルーヴに身を任せているだけで楽しさが体感できる。

邦楽のポップネスがど真ん中に一本通っていて、すっと耳に入ってくる歌詞のフレーズ。リラックスしたい時に何気なく鳴らしておきたくなる音楽。

吉田ヨウヘイgroup/paradise lost, it begins

paradise lost, it begins

paradise lost, it begins

変幻自在のアンサンブルの中にギター!ギター!ギター!コーラス!コーラス!コーラス!ドラム!トランペット!よく曲としてまとまっているなと感心する各パートの主張の強さ。なのになぜこんなにさらっと聴けてしまうのだろうか。メインボーカルの軽さが為せる技なのか。

全パート主張が強いので、推しパートを決めて楽しむことも可能。逆に言えば、一回聴くだけでは全然飲み込めない情報量があり、聴くたびに新しい発見がある。「アルバム」はこうでなくっちゃー!と広瀬すずに叫ばせたくなる、四次元ポケットのようなアルバム。

ツチヤニボンド/3

3

3

こういう所に書くレビュー的な文章は、音楽のジャンルやルーツなどを辿って書くのが最初のアプローチなんだけど、ツチヤニボンドはルーツが難解だし、この曲はこれだろうと当てずっぽうで書いても絶対外して恥かくだけなので困った。

がしかし、サイケ感、ファンク感が最高に心地良い、と恐る恐る書いてみる。曲毎に傾向は異なるアルバムなのだけれども、その土台にある「匂い」は共通していて、その匂いに含まれる、サイケ感、ファンク感を心地良く感じるのだ。

とりあえず、20世紀青少年で踊り狂いたい。

Open Reel Ensemble/Vocal Code

Vocal Code

Vocal Code

改造したオープンリールのテープレコーダーを駆使して演奏する、というこのバンドの特異な手法については置いておきたい。今作は、その手法が注目されるのみに留まる音楽ではなく、その手法によって実現された唯一無二の空気感、浮遊感が体感できるアルバムとなっている。

旅をテーマにした曲が多いせいか、このアルバムを聴くと「子供の頃に夢描いていた世界一周旅行」像が浮かび上がってくる。テレビや本の向こうにある外国。記憶の奥底に眠っていて、少しはっきりしないけれども確かに当時そこにあった、大人になったらそこに行くことができるかもしれないと夢見た情景。

そんな、ある意味レトロフューチャー的な一面も持ったこのアルバムが、一昔、二昔前の物語で未来の符号として使われた「2015年」にリリースされたことは偶然ではなさそうだ。

Jimanica/GRAND AGE

GRAND AGE

GRAND AGE

「ドラム」や「リズム」が、手数を増やす以外でどれだけ主役に、中心になれるのか。その可能性を探ることができるアルバム。音楽を聴く中で、ドラムや電子音の音色を常に強く意識させられる感覚はとても新鮮だった。

ゲストボーカルを迎えての楽曲が多い今作だけれども、中心はあくまでドラムであったりリズムパートであったりで、その表現の巧みさ、繊細さに心がときめいた。

あと、

水曜日のカンパネラ/ジパング

ジパング

ジパング

水曜日のカンパネラは、最初のアルバムを聴いて「奇抜な歌詞のアーティストだなあ」との感想以上のものが出てこず、それ以来遠ざかっていたのだけれど、今作久々に試聴したところ「こんなに温度感のあるアーティストだったっけ?」と驚かされた。はい。一曲目の華麗なステップに心を打ち抜かれた。

全編ノリが抜群に良い。ラップってノリだよね、と昔スチャダラパーに教わったことを久々に思い出したけれど、実際にノリでラップして成功しているのはスチャダラパーgroup_inouしか知らない。恐らく前例が少なく、方程式が確立されていないからだろう。水曜日のカンパネラは、そんな独自路線を大量のキャッチーなフレーズを隙間なく積み上げることで成立させている。相当な労力だ。

この大量のフレーズをミクロに追ってみると、なぜこれでノリが良くなるのか全然分からないバランス構成なのだけれど、全体を通すと小学生が登下校に口ずさんでいそうな位ポップな曲に仕上がっている。これは自分達だけで構成や表現を突き詰めないとできない芸当で、職人的な一面を持った音楽であるとも言えそうだ。聴けば聴くほど疑問が沸いてきて興味が尽きない音楽。

泉まくら/愛ならば知っている

愛ならば知っている

愛ならば知っている

程良くなった甘さが脳幹を直撃。その繊細さと大胆さに憧れる。詞の熱量と愛と毒はテラスハウスやアニメ「スペース☆ダンディ」などあらゆるシーンに漏れ出していて、もう「ご存じの通り」と書いて済ませることもできそうだ。

ただ今作で特筆したいのは、トラックと絡み合う楽器としての声と、詞を伝える方法としての声、両方が別次元で成立している点。今作は特に、前者の部分が聴きどころの一つとなっている。食品まつりやOlive Oilのトラックと対等に渡り合えるラップができる女性アーティストは、現在泉まくらだけだろう。

毎年の成長が想像以上だし、来年以降の活動も楽しみだ。

おやすみホログラム/おやすみホログラム

おやすみホログラム

おやすみホログラム

女の子二人組のアイドルユニット「おやすみホログラム」のファーストアルバム。カテゴライズすると「アイドル」になるのだろうけれど、アイドルソングを聴いている感覚は全くない。オルタナ・エモ・インディロックバンドとして聴いているし、パンク、エモ、ロックの棚にある方がしっくりくるサウンドだ。

後方でグワングワン鳴り続けるギターとベース。古きUSインディロックの流れを汲む、21世紀となっては懐かしささえ感じるバンドサウンドに「声質の異なる二人の女の子のボーカル」を組み合わせ、奇跡的なバランスで成立させたプロデューサーの腕に驚くし、ユニット二人の、バンドのボーカルとしての深いコミットにも驚いた。

音楽に限らず、アイドルが別ジャンルに進出するとその質の低さを叩かれがちだけれども、ここまで完成度が高ければ何も言われることはないだろう。胸張って夏フェスでロック勢と交わって欲しい。

ただ、どんなライブを演るのか想像がつかないな、と思ってYoutubeを検索してみたところ、ライブが完全にアイドル側のノリになっているのにも驚いた。このアーティストに関しては驚いてばかりだ。ただ最近は、ロックバンドよりアイドルのライブの方が盛り上がってる事が多い気がするので、これも「時代」なのかもしれないなあ。

左右/スカムレフト スカムライト

スカムレフト スカムライト

スカムレフト スカムライト

シンプルでミニマルな変拍子を浴び続けて悟りが開けるロック。リズムが体に染み込むまで何十回と繰り返し聴き続けることで、その先に待つ真理に辿り着ける。

聴き続けることによって生まれる「飽きた」「嫌い」といった感情は、このアルバムによって全て昇華されていく。音楽に向き合う、自分に向き合う姿勢を見直す切っ掛けになる。何回聴いたところで音楽は変わらないのだ。単純だからこそ示唆に富んだ音楽。

eastern youth/ボトムオブザワールド

ボトムオブザワールド

ボトムオブザワールド

唯一のスタイルを完成させて、シーンからの揺るぎない評価も得て、ただ、新しい音楽の流行を追っていない、同じジャンルの音楽を演り続けているバンドに対して、「その先に何があるのだろう」なんて考えてしまうことがある。

この日記のように「今年の良かったアルバムを選ぶ」なんてことをやってしまうと、そういったバンドのアルバムは除いてしまいがちだし、除いてしまったその行為によってバンドの価値を量り損ねてしまうことすらある。

eastern youthの今作は、そんな「新しい音楽を評価すべき」との考え方を吹き飛ばす作品だった。代わり映えのしない毎日が、悪い方向へ未来が進んでいるような不安がアーティストにもあって、そうした日々の中で生まれた想いが落とし込まれて、音楽が生まれるのだ。その音楽に使われている表現方法が新しいか古いかは、本来二の次であるべきなのだ。

今作は、その想いを伝えることに重点が置かれたアルバムとなっており、過去作と比べても取っつきやすくなっている。メンバー構成的には「第一部・完」といった状況ではあるのだけれど、eastern youthの入門作として強くお勧めしたい。