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2012年の邦楽10枚

2012年にリリースされた邦楽のアルバムから最高の10枚を選ぶ。

選出基準

  • (表題通り)邦楽のみ。国内で活躍するアーティストに絞る。
  • 1アーティスト1枚
  • サントラ盤・コメディは除く。
  • コンピレーション盤は1枚のみ。
  • シングルは除く
  • 映像作品として販売されていたものに付いてきたCDは対象外

過去の10タイトル

ZAZEN BOYS/すとーりーず

すとーりーず

すとーりーず

前作「ZAZEN BOYS 4」から4年。
ともすると「向井秀徳」「ZAZEN BOYS」という名前自体が高尚なもの、神聖なものになってしまい兼ねない程の評価を受けていた前作だったけれども、その後にリリースされた本作は「原点回帰」と言えるほどに地に足が付いたものだった。

日常の光景をテーマにした本作。これまでのライブで煮詰まったバンドサウンドは長い時間をおいて更に昇華され、より肉体的・弾力的になった。

M-1「サイボーグのオバケ」から、バンドの方程式がまたリニューアルされたことを実感する。これまでのサウンドの延長線で作られた曲では無く、ベースから息を合わせ直した曲の数々。全体の統一感には欠けるが、前作からの四年が凝縮された、バラエティに富んだアルバムであることは間違いない。


七尾旅人/リトルメロディ

リトルメロディ

リトルメロディ

「如何に情報量を増やすか」という点で競っている音楽が増えているなか、喉だけで心に訴えることができるこの七尾旅人のなんと特別なことか。このアルバムは実に音が少ない。少ないが強度の高い音楽が詰まっている。

七尾さんには「シンガーソングライター」という肩書きにつきまといがちな偽善性が無い。優しい音楽も、鋭い音楽も、人間のあらゆる面が投影されており、取り繕われていない。何か音楽の裏を読まなければならないのではないかと、緊張感を持って音楽を受け取る必要が無い点が、七尾さんの心地良さの一つだ。

決して人懐っこい人物ではない。過剰に何かを訴えてくるわけではない。聖人ではない。ただ、今思ったことをそのまま歌っており、だからこそ、それに共感したり、反発したりできる。子供の頃になりたかった大人は、こういった人物だったかもしれない。


宮内優里/tone after tone

トーンアフタートーン

トーンアフタートーン

音楽家「宮内優里」の5枚目のアルバム。

万華鏡のようにあらゆる音が広がる音楽、なのだけれど、音の配置は万華鏡のようにランダムではなく緻密に計算されて配置されている。ヘッドフォンにて大音量で流しながら、その緻密な企みを隅々まで聴き取りたい音楽だし、屋外で聴いて音と光をリンクさせて、目の前の光景をMVにしてしまいたい音楽でもある。色々な聴き方で楽しみたい。

ジャンルとしては「エレクトロニカ」なのだろうけれど「エレクトロ=電子」のような印象はあまりない。音の配置への拘りはCorneliusにも通じるが、それよりもポップで耳あたりの良い仕上がりになっていて、万人にお勧めできる。


禁断の多数決/はじめにアイがあった

はじめにアイがあった

はじめにアイがあった

禁断の多数決。海の向こうではここ数年Dream Popが全盛だが、遂に日本にも「ドリーム・ポップ・バンド」と言えるバンドが登場した。夢景色のように色とりどりのテイストを持った曲が並び、一枚のアルバムとは思えない程に広がる世界観。どこかで耳にしたような懐かしいフレーズ、ベッドルームで思い付いたアイディアをそのまま音にしたような実験的なフレーズ、形に囚われず好き勝手に展開されるけれども、その「まとまりがない」ことで一貫しているアルバム全体の流れが心地良い。

ファーストアルバムでしか為し得ない渾身の情熱が溢れ出している、瑞々しい作品だ。リードトラックであるM-3「透明感」のポップセンスは見事だけれども、これはIdiot Popの手腕によるところが大きい。色々な引き出しを持ったバンドであり、「透明感」以外にもいくつかの音源がMVとして公開されているので、一つの音源で音を把握した気になるのではなく、多くの音源に当たって欲しい。

情報の量とチャネル数でプロモーション勝負する新人アーティストが増えている中、出てくる情報が全て何らかの「作品」のように思えてしまう、このアーティストのプロフィールも面白い。芸大のサークル仲間から生まれたように見えるのも、もしかすると「コンセプト」かもしれない。興味の尽きないバンド。


cero/My Lost City

My Lost City

My Lost City

関東には関東の音楽シーンがあり、関西には関西の音楽シーンがある。他の地域にもそれぞれの音楽シーンがあるだろう。音楽自体に垣根があるわけではないけれども、地域のシーンに繋がった音楽はその地域のリスナーに伝わりやすく、関西在住だと、東京に根付いた音楽よりミナミや京都に根付いた音楽の方が聴きやすいのは確かだろう。

このceroは東京側の音楽だと思っていて、関西在住のリスナーとしては、なかなかその魅力を受け取り辛い音楽だと思っていたのだけれど、この新譜はその地域の枠を打ち破った……というわけではない。
やっぱりどこか向こうの音楽だと思うけれども、強く羨ましく思わせる、というのがこの新譜の印象だ。距離としては近いはずなのに、精神的には遠く感じてしまうその数々の情景に、つい心寄せてしまう。地域性を意識してしまうからこそ、叙情的に受け取ってしまう音楽だ。

「My Lost City」と銘打たれたこのアルバムは架空の都市をテーマにしているけれども、だからこそ現実により近い表現をすることに成功している。震災に関しては今もデリケートに扱わなければならない風潮があるけれども、このアルバムで震災を示唆する表現はナチュラルで、だからこそ新鮮に心に響く。


曽我部恵一BAND/曽我部恵一BAND

曽我部恵一BAND

曽我部恵一BAND

8年目にして遂に、バンド名をタイトルとした、曽我部恵一BAND渾身のロックアルバムがリリースされた。

これまでのアルバムがこの「曽我部恵一BAND」という新譜を作るための助走だったかとも思える程の、力強さとメッセージ性を帯びたこの作品。古臭いけれども、こういった音楽がロックだよな、と素直に感じてしまう程のストレートパンチ。

一聴するとまずM-6「街の冬」に痺れるが、改めて聴き直すとM-5「ロックンロール」とM-7「月夜のメロディ」が前後に配置されていることの巧みさに驚き、さらに視野を広げると、オープニングの「ソング・フォー・シェルター」からラストの「満員電車が走る」まで巧みに曲が配置されていることに気付く。「アルバム」という媒体がなぜ「アルバム」と呼ばれるのかを思い出させてくれる。

曽我部恵一BAND」ではなく、「曽我部恵一」という人間のバラエティーが詰め込まれたアルバムで、その人となり、どういった動機で音楽を演奏しているのか、を存分に味わうことができる一枚。新譜であり、曽我部恵一BEST盤でもある。


LOSTAGE/ECHOES

ECHOES

ECHOES

LOSTAGEの2年ぶり5枚目のアルバム。

リリースの度に聴きやすいサウンドへ進化しているが、それでLOSTAGEのオリジナル性が失われることが無く、むしろその特徴がより浮かび上がっていることに注目したい。情報がより絞られていることで、歌詞のメッセージ性やオルタナティブなコード感がより明確になり、魅力が分かりやすく伝わる。

LOSTAGEは、多くのロックバンドが有名になった、「メジャーレーベルで音源をリリースし知名度を上げる」「フェスで知名度を上げる」といったルート以外の道を模索しているけれども、だからこそ生命線であるリスナーへ、より確実に届く音楽を作り出しているように思える。


キドリキドリ/La Primera

La Primera

La Primera

「UKのバンドから多分に影響を受けた日本のバンド」は過去にも多々存在したが、このキドリキドリは「影響」どころではない。この「La Primera」は「一昔前にデビューしたUKの中堅バンドが実験的な要素も取り込んで製作した、3枚目か4枚目のアルバム」のようで、その楽曲の完成度の高さと、その楽曲に含まれる音楽要素の多様さは実に見事。

曲の展開に媚びた要素が無く、ただ気持ち良く格好良い響きを求めた結果、生まれたアルバムかと思う。玄人好みバンド。


タルトタタン/テトラッド

テトラッド(通常盤)

テトラッド(通常盤)

相対性理論を追われたリズム隊「アゼル&バイジャン」の二人の新しい企み……なのだけれど、相対性理論の延長線上ではなく、少しサブカルなリスナーをターゲットとしたアイドルのプロデュース作品として独立した個性を持った作品。

ライブメンバーの豪華からも、この「タルトタタン」というアイドルプロジェクトに賭けるプロダクションの本気はひしひしと感じられるのだけれど、この楽曲無しではこのメンバーは集まらなかっただろう。
真部さんの、西浦さんの楽曲の魅力が、「サニーデイ・サービス、元ナンバーガール、元くるりのメンバーがアイドルのバックバンド演奏をする」という状況を作り出した。その事実だけで、これらの楽曲はエポックメーキングだ。


くるり/坩堝の電圧

くるりのデビュー以来の「ジャイアント・ステップ」。

近年のくるりの新譜はコンセプト色が強く、デビュー以来のメンバーも欠ける一方で、バンドとしては不安定な状況が続いている印象を抱いていた。2011年に新たにメンバーが加入したが、それからもなかなか新譜がリリースされず、さらにドラムは脱退し、また不安定なくるりに逆戻りするかと思われた。しかしこのアルバムによって、ようやくくるりも新しい一歩を踏み出せたようだ。

歴史のあるバンドであるため新しいメンバーがバンド内で個性を出すことは難しいかと思われたが、加入から新譜の製作まで時間をおいたおかげで、新譜では新しいメンバーも十分に主張することができ、チェンバー・ロックとして調和の取れたサウンドが生まれている。

ラストの「glory days」によって、過去の「くるり」には一つの幕引きが為された。一つの区切りが付いた、これからのくるりの活躍に期待したい。