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松尾スズキ/老人賭博

老人賭博

老人賭博

胡散臭いオッサンが二人顔を付き合わせばそこに生まれるのは賭博。映画の撮影に集まった、いい大人達のせせこましい駆け引きが始まる!


賭けが好きな人って、確かにいる。
隙があったら「それ賭ける?俺○○ね」と持ちかける。暇があったら「次に前通る人が男か女か賭けよっか?俺男ね?」と言い出す。なんだこの人と思って簡単にのると、あれよあれよという間にカモにされる。…ということはあんまり無くて、勝ったり負けたり。でも唐突に大勝ちした話を聞くこともあって、後から酒の場でその人に聞いてみたら、「あの道、工学部に繋がるところだから男がよく通るんだよね」ってえーその情報ズルい!
自分がはめられてたら「うわあ汚ねえもうコイツ最悪」と思っただろうけれども、どうも他人事だし酒の場なのでつい笑ってしまう。100%勝てる情報を握っていたら怒ったかもしれないけれども、情報のレベルが中途半端なところがなんとも憎めない。ただ笑いながら「コイツ本当にダメな奴だなあ」と思う。


そういうクセのある人が集まるのが役者の世界なのだろうか。映画の撮影の裏で、暇な役者達が撮影をダシに賭け事をちまちま始めるんだけれども、その裏では相手をなんとか出し抜こうと皆あらゆる手を講じてくる。
映画の撮影は順調には進まず、暇をもてあます役者達。本当にもう、こういう大人が暇を拗らせるとろくな事が無い。やることが無いから賭けをする。そして賭けが続くと誰かの負けが込んできて、賭け金が膨れあがってしまうのが世の常。膨れあがるにつれて徐々に情報戦も手の込んだものになっていく。嗚呼もう大人気ない。


登場人物が皆腹に一物抱えたような奴ばかりで、現実にいたら確実に距離を置きたいタイプなんだけれども、端から見ている分には面白い。
主人公は役者の弟子という形でこの賭け事を眺めている(そして巻き込まれる)んだけれども、その主人公の賭け事との距離の置き具合が丁度安心できる。主人公も相当変な経歴の持ち主だし、言動も主人公に相応しい清廉潔白なものではまるでないんだけれども、不思議な事に読者が一番共感できてしまう(この演出は上手いなあと後から思った)。

そして主人公以外の人物、一癖ある役者やギョーカイ人の描写も生々しい。松尾さんが描いているんだからきっと内側はこんな人達ばかりなんだろうなあ、と思うと複雑な気分になるけれども、ギョーカイの事なんだからきっとそうなんだろうなあ。分からない。
特に、映画の役者として出てくる紅一点のグラビアアイドルがリアル。最近の妙にハキハキしていて、(ぶっ飛んだ)意見を持っているグラビアアイドルに対する違和感が凝縮されたようなキャラクター。そのアンバランスな言動にモヤモヤするんだけれども、グラビアアイドルが出てきたってことは主人公と色恋があったりするのかなー?という期待も少し浮かんできてしまって、ドキッとする。ああこれってテレビでグラビアアイドルを見ているときの気持ちそのままだなあ。と、見透かされた気分になる。

そしてこの小説、この「分からない、ちょっと距離を置いてしまう感」がラストに繋がっているところがとても素晴らしい。これにはやられた!と思った。見事。

ちなみに、賭け事の駆け引きそのものを楽しむ作品ではない。情報戦なんだけれども、そのヌルヌルさズブズブさを、眉毛を下げながらトホホと読むような作品だ。人間をリアルに描きすぎているばかりに、それを哀しい気持ちで眺めてしまう。そしてこの哀しさは、登場人物の行動を理解できてしまうからだ。距離を置いてしまうのは、自分もそちら側に根っ子では繋がっているからだ。ただ、その様が面白過ぎることが救い。


あと、映画の脚本が一々面白過ぎる。松尾さんはサービスし過ぎ。この作品が芥川賞が取れなかった一番の理由は「面白すぎた」事だよ!もう!芥川賞はきっとこんなに笑えたら駄目なんだ。老人にスパイスガールズを歌わせるって何その脚本!その映画むしろ観たいわ!あと「マチュピチュ」は卑怯過ぎる。ゲラゲラ笑った。

面白さの要素も十二分で、「芥川賞候補?そういう作品って小難しくて面白くないんでしょ?」と先入観を持ってしまう人にも十分勧められる。なにせ松尾スズキさんの作品ですよ!大人計画ですよ!安心して手にとって欲しい。


とにかく面白いので、皆読んで感想言い合って、皆で芥川賞を見返してやると良いと思う。