2011年の漫画10タイトル

2011年に単行本が発行された漫画の中から面白かった10タイトルを選ぶ企画。

一昨年、去年もやった企画。今年もやる。

選出基準

  • その年に単行本が発行された漫画
  • 過去選出作品は原則除く

羊の木(1) (イブニングKC)

羊の木(1) (イブニングKC)

  • イブニング連載中 単行本最新1巻

過去に凶悪犯罪を犯した元受刑者を社会復帰させるプロジェクトを試行することとなった地方都市。11人の元受刑者を受け入れた魚深市の行く末とは。


「元受刑者」は罪の内容に対して定められた期間、刑務所にて懲役刑・禁固刑に服している。しかし「懲役に服することで罪を償った」とされるその元受刑者が凶悪犯罪者であった場合でも、果たして普通の人と同様に接することができるだろうか。
……「元受刑者それぞれの人柄による」「犯した罪の具体的な内容による」という回答が思い浮かぶ。

確かに「凶悪犯罪」と一言で言ってもその内容は様々で、情状酌量の余地がある犯罪もあれば、罪状以上の残忍さを感じる犯罪もある。それぞれに罪を犯した背景があり、刑期で一概に犯罪の凶悪さを計ることはできないだろう。
ただ、その犯した罪の背景だけでその「元受刑者」の内心を判断できるだろうか。残忍な罪を犯した人でも、服役中に自らの行為に対して心から反省しているかもしれないし、犯罪に同情の余地があったとしても、再犯する可能性はあるかもしれない。

結局の所、他人からはその本心は分からない。
元受刑者に対して確実に分かることは、普通の人が踏み越えない刑法のハードルを、踏み越えてしまった、一度は踏み越えた経験を持っている人だ、ということだ。想像してみると、「一度経験した」という事実のなんと重いことだろうか。

元受刑者と生活することになった時に、恐らく感じるであろう居心地の悪さ。元受刑者の一挙一動にドキッとして、不自然な反応を取ってしまうこともきっとあるだろう。そのような微妙な空気感を見事に表現しているのがこの漫画。テンプレート的な物語の知識はこの話には全く通用しない。伏線が有るのか無いのかも分からない。ストーリーが全く読めないところが、実にリアルで興味深い。

「分からない、心から信用できない」ことは本当に恐い。凶悪犯が普通に凶悪であった方が、いっそ安心できるかもしれない。今後の展開がとても気になる漫画だ。



竜の学校は山の上 九井諒子作品集

竜の学校は山の上 九井諒子作品集

  • 短編集 同人誌他より

創作系同人誌等で活躍している「九井諒子」の発表作品をまとめたSFファンタジー作品集。


短編集。大きく分けて「勇者のその後モノ」「おはなしモノ」「現代社会にファンタジー要素が混じったモノ」があるけれど、「現代社会にファンタジー要素が混じったモノ」が特に面白い。

ケンタウロスと人間が同居する現代社会を描く「現代神話」は二つの物語を平行で進めながらもシリアスとコメディの切り替えが見事だし、背中から羽根が生えた翼人が進路に悩むお話「進学天使」はラストの描写が素敵だし、竜が実在する現代社会を描いた「竜の学校は山の上」はアイディアとストーリーのバランスが秀逸。

この作者の作品に特徴的なのは「裏の視点」。魔王を倒した勇者のその後、苦難を乗り越えて辿り着いた結婚の裏に秘められた葛藤、描く視点が特徴的。あと、描写の粗細が効果的なアクセントになっているのも上手い。

どの短編も膨らませて長編に出来そうな程のアイディアが詰まっており、この一冊を通して読むだけでもうお腹一杯。是非、長編に挑戦して欲しいなあ。商業でないと長編は難しいかもしれないけれど、締め切りに追われない状況にて自由な発想の作品を公開して欲しい。



ミラーボール・フラッシング・マジック (Feelコミックス)

ミラーボール・フラッシング・マジック (Feelコミックス)

FEEL YOUNGに掲載されたヤマシタトモコの2008年からの短編作品集。
あらゆる立場の視点で描かれる男女の関係。


帯で花沢健吾さんが「男が読むべき漫画です。」とのコメントを寄せている通り、男でも面白く読める漫画。男からは見えない女の本音が分かる。女の本音を描く漫画というのは、得てして男を見下すような表現が多いのだけれど、この作品集は男と女が公平に扱われている点が特徴的。男が女の事を分からないように、女も男の事が分からないのだ。当たり前のことだけれど、忘れがちな点。
この描写が、男でも引っ掛かり無く読める理由の一つだと思う。

ヤマシタトモコさんの漫画は登場人物が人間臭くて良いね。登場人物にはインパクトのある台詞が多いけれど、名言botなどでは全く伝わらなさそうなタイプの台詞であるのがリアル。物語の中の何気ない、飾らない言葉が、とても突き刺さる。

この作品集の中では、「ミラーボール・フラッシング・マジック」の連作掌編が面白い。仕掛けも面白いけれど、それぞれの掌編のシチュエーションの、なさそうでありそうで、ありそうなギリギリのラインが見事。
あと、「カレン」の描写が上手いね。絵が上手いわ。確かにカレンだったもの。

ヤマシタトモコって女性向けの作家でしょ?「HER」は女性視点でちょっと……と敬遠していた男性にもお勧めできる漫画。



25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

25時のバカンス 市川春子作品集(2) (アフタヌーンKC)

初短編集「虫と歌」が好評を博した市川春子の最新SF短編集。


市川春子さんの存在でアフタヌーン四季賞の価値がまた上がってしまった。こういう特異な作風の作家を評価できるのがアフタヌーンの素晴らしいところ。

SF&フィジカルな作風は変わらず。その発想は間違いなく天才。鬼才。異才。表現力が高まって、その発想がよりリアルに具現化されているのが今回の作品集。

「虫と歌」のぶっ飛んだ世界感はそのままに、更に絵が上手くなった分、描写の生々しさが強調されていて心臓に悪い。一ページ先に闇が待っている。さすがにもう市川春子作品を読む時はある程度警戒するようになっているのだけれど、その警戒をつい解いてしまうようなストーリーの滑らかさがあって、毎度毎度気を緩めた頃に不意に刺される。ストーリー道中の小ネタが上手いんよね。「緊張と緩和」のさじ加減が秀逸だわ。

一番の鳥肌作品は「月の葬式」。体を掻き毟りながら何度も読み返してしまった。

前作がアリな人には間違いなくお勧めできる作品。ただ絵に癖がある&心に突き刺さるグロ描写があるので、人を選ぶのは確か。



外天楼 (KCデラックス )

外天楼 (KCデラックス )

ミステリーがテーマの連作作品群。「外天楼」にて繰り広げられる幾つかのエピソードは、やがて。


さすがミステリー雑誌であるメフィストに連載されていた作品。漫画であってもミステリーの流儀はきっちり守られていた。メフィスト連載時に読んでいる時には、ここまで各エピソードがきっちり構成されていることに全く気付かなかった。一見すると単なるミステリ短編集だけれど、終盤の展開は見事。初読後に必ず、もう一度読み返したくなる漫画。

ミステリ好きなら是非。大丈夫、メフィストの連載作品だよ!

あまり細かなことを書くとネタバレになってしまうけれど、石黒正数さんの作品が信頼できる人にはお勧めできる。
帯にある通り、シャフト&アニプレコンビで劇場アニメ化という展開を期待。確実にリピーターを呼び込めるので、商業的な成功だって見込めると思う。もしそうなってくれたらハンマーで頭叩いて記憶を無くすことにしよう。



青空のはてのはて 真鍋昌平作品集 (KCデラックス )

青空のはてのはて 真鍋昌平作品集 (KCデラックス )

闇金ウシジマくん」のヒットや「スマグラー」の映画化で一躍人気漫画家となった真鍋昌平の短編作品をまとめた作品集。


デビュー前にアフタヌーンに持ち込んでいた作品から、闇金ウシジマくん連載直後位までの様々な短編が収録された単行本。年々絵柄が変わっており、この単行本に収録されている作品内だけでも全て同じ作者とは思えない大変貌ぶりなのだけれど、根底にある真鍋昌平イズムはそのまま。過激な暴力表現にまず目が惹かれるけれども、センチメンタルな表現もあり、ふとクスッと笑わせられる描写もあるのがこの作者の特徴。この単行本に収録されている掌編は、それらの特徴がデフォルメされていて特に面白い。

ストーリーのジェットコースター感と、作者の作風がマッチした奇跡の作品集。メジャーデビューしたバンドの、インディーズ作品のベスト集を聴いた時の、自由な荒削り感に対する感動に近い。今後もヒット作を出し続けるだろう真鍋昌平さんだけれど、この作品集の輝きはきっと色褪せない。最近のウシジマくんはちょっと……と感じている人にもお勧めできる漫画。



グラゼニ (1)

グラゼニ (1)

凡田夏之介、年収1800万円。一般人なら高年収だが、凡田の職業であるプロ野球選手としては決して高くない。一寸先は闇のプロ野球界で、どうにかゼニを掴みたい凡田の活躍をコメディタッチで描く「野球漫画」。


完全な題材の勝利。
プロ野球選手の年収は一見高いけれど、サラリーマンの生涯年収の二億円に並ぶには、プロ野球選手として十年間、年収二千万をキープしなければならない。プロ野球選手は年間約百人しか採用されない狭き門であり、かつその中で一軍で活躍できるとなると更に絞り込まれるリスクの高い超難関。よく考えると、努力とリスクに対して割に合わない給料水準なのではないか?

そのような疑問を解決してくれるのがこの漫画。
プロ野球選手の中でも、華やかな生活を送ることができるのは一握りのスター。多くの野球選手は、生活の保障がされない綱渡りでの戦いを強いられている。一軍の枠は限られているため、唯一無二の地位を確立していない選手は調子が悪くなると二軍にすぐ落とされてしまう。毎週毎日が生き残るためのアピールチャンス。突き詰めると、自らが関わる一イニング、一打席が油断できない。新聞の隅にひっそり書かれている一軍登録の記載は、プロ野球選手にとっては天国と地獄の間を行き来する記録だったのだ。

特にこの漫画が上手いのは、主人公が26歳で年収1800万円、という設定。
年収から想像できるとおり、主人公はスター選手ではない。が、一軍をキープしており、プロ野球選手の中央値よりは上である。スター選手とは明らかに格が異なるが、「一軍所属」という立場に対するプライドもある。この立ち位置が絶妙。

また、一般人との比較描写も面白い。
プロ野球界では目立たないが、一般人との比較では明らかに格上の運動神経。嫁探しとして定食屋の看板娘に目を付け「地味なとこに目をつけたでしょ………」と言っちゃう若干の傲慢感もプロ野球選手的。(その後にすぐ「いえいえ地味とは失礼です 一般女性としてはかなりカワイイ方でしょ」とフォローするのも「らしい」)。
題材で勝利しているのだけれど、表現でその題材を損なっていない点も特筆すべき点。

少し想像力を働かせれば分かることなのだけれど案外思い至らない、一流ではない野球選手の生活。これからは、選手を野次る前にその選手の生活に思いを馳せることとしよう。



アゲイン!!(1) (KCデラックス 週刊少年マガジン)

アゲイン!!(1) (KCデラックス 週刊少年マガジン)

久保ミツロウ少年マガジン復帰作品。
高校三年間を無為に過ごした主人公の今村は、卒業式の日に同級生の女子の暁と三年前の入学式へタイムスリップしてしまう。高校生活を「アゲイン」する今村は、「前」の三年間では消滅してしまった応援団の再建を試みることになる。


まず二巻まで読もう。二巻までがこの漫画のプロローグ。感情移入しにくい、癖のあるキャラクターがわらわら出てくるのだけれど、二巻で一つの山を越えて、やっとキャラが掴めてきた。

取っつきやすく分かりやすいキャラは出てこない。一番分かりやすいのが、主人公と対立するチア部部長だったりする。主人公は基本的にグダグダしているし、行動を起こして主人公的な奇跡を呼び込むわけでもない。勇気を振り絞っても空回り。更に、主人公側の登場人物は皆、大体何か失敗していて残念である。融通が利かなかったり、自己中心的だったり、メインの登場人物の性格だけを並べるとまるで感情移入できそうではないのだけれど、その人物達が各々力を出し合ってなんとか一つ困難を乗り越えたところで、不思議とキャラの魅力が伝わってくる。

高校一年生は高校一年生らしく、高校三年生は高校三年生らしく、先生は先生らしく。キャラに関しては物語的な誇張無く描かれている。最近の週刊漫画にしては珍しいタイプだ。「応援団」という題材は少年誌向けだけれど、少年誌で簡単にウケそうな物語要素を取っ払って漫画を作ろうとしている挑戦的な漫画である。この漫画が少年誌でも評価されたら少年誌の可能性も広がると思うので、モテキのネームバリューで粘って粘って頂きたい。



冒険エレキテ島(1) (KCデラックス アフタヌーン)

冒険エレキテ島(1) (KCデラックス アフタヌーン)

海を駆ける複葉機パイロットの御蔵みくらは、祖父の遺品から「エレキテ島」の所在についてのメッセージを受け取る。みくらは祖父の遺志を継ぎ、エレキテ島を追い求めようとするが。


鶴田謙二さんがオリジナル作品の新刊を出した、というだけで満点を差し上げたい。

緻密な背景やメカ描写、生き生きとした人の表情、文字抜きで物語を推進する絵の力。鶴田謙二さんの魅力が本作品にも十二分に詰まっている。本作は「海洋ロマン」がテーマであり、これが鶴田さんの魅力を特に引き立てている。海岸の町、海を駆ける複葉機、少し変な女の子。鶴田さんを満喫するにはこれ以上ない素材の数々!

ストーリーは真っ当なのだけれど、描写だけで独創性を十二分に楽しめる。唯一無二の作者の唯一無二の漫画。

しかし、本巻を楽しめれば楽しめる程、続刊への期待が高まり、期待してはならない連載の次回掲載を気長に待ち続けることになってしまう。恐らくそれは泥沼の道。いやいや、アフタヌーンに連載の広告が出続ける限り、連載続行を信じることにしたい。無事連載が続いて二巻が出ますように……。最短で二年後見込みだけれど。Forget-me-not(8年前に「1巻」が出たきり)の続刊への期待と失望は根深い。



3月のライオン (1) (ジェッツコミックス)

3月のライオン (1) (ジェッツコミックス)

心に傷を抱える高校生プロ棋士の主人公・桐山零が、川本家の家族との出会いや、ライバルとなるプロ棋士との関わりによって、何かを少しずつ変えていく物語。


完全に選出タイミングを間違えた気がするけれども……。

主人公と、主人公を取り巻く描写が上手い。

内気な主人公の、将棋における傲慢さの描き方が上手い。そしてそれを当然のものとして受け入れるライバル棋士の描き方が上手い。傲慢なのに殺伐さを適度に打ち消していく描写が上手い。

主人公の持つ、偏った常識の描写が上手い。自らの正義を信じて、あり得ない方向に飛躍してしまう発想の描写が上手い。その主人公を優しく説教する周囲の描き方が上手い。

最新巻はヒロインの女の子が遭ういじめの描写があるけれども、いじめから逃げる選択肢を脇に置いて、あえて立ち向かう描写が上手い。「いじめを庇って、自らがいじめのターゲットになる」というのは一見タフな人間にありがちな美談のようだけれど、庇った本人は庇わずにはいられない怒りを抱えていたりするし、庇った後、その行為に対して葛藤があったりするし、信念を持っての行為であってもターゲットとなってからの長い戦いで心が折れることだってある。

重いテーマをゴプゴプ飲み込みながら、作者が悩んで悩んでギリギリの精神で描いていることが感じられる、重厚なモノローグとポップな表現が鬩ぎ合った図太い漫画。



10冊中、講談社7冊。完全に講談社の回し者なのだけれど、普段読む雑誌が講談社のモーニング系なので仕方ない。調整しようとも思ったけれど、どうも他の漫画ではしっくり来なかったので諦めた。