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2012年の漫画10タイトル

2012年に単行本が発行された漫画の中から面白かった10タイトルを選ぶ。

過去の10タイトル

選出基準

  • その年に単行本が発行された漫画
  • 過去選出作品は原則除く

空が灰色だから阿部共実

世間から少し外れてしまった少女達の日常を描く一話完結オムニバス短編集。

空が灰色だから 1 (少年チャンピオン・コミックス)

空が灰色だから 1 (少年チャンピオン・コミックス)

この作品は、少女の自意識を描くその視点の広さと深さが評価されることが多いけれども、あえて特筆したいのは「オムニバス短編集」として、とても完成度が高い点だ。

一話完結の短編作品群となると、そのストーリーの起承転結、如何に読者の想像するストーリーを裏切るかが作品の出来に関わってくるか、この作品は、そのストーリーの先を読ませない点で非常に優れている。

世の中のほとんどの作品は、「この作家ならハッピーエンド/バッドエンドにするだろう」「この作品/雑誌なら主人公は絶対勝つ」「この流れならこうなるのがお約束」と、過去の知識によってストーリーが予想できてしまう。主人公はどんな難敵にも最終的には必ず勝つ、ヒロインとの恋は必ず叶う、努力は必ず報われる、これらは作者や掲載誌等から予想できる事が多い。

なるべく既存の作品と距離を取ることで、読者に予想をさせない試みは存在する。しかし、そのようなこれまでにない物語を紡ぎ続けることは難しく、かつお約束に反する展開をし続けてしまってはストーリーが難解になり読者が離れてしまうという難点が存在した。しかし、この作品はあえて「既存のお約束」を踏まえた上で、それを裏切る構成を採用することで、読者が入り込みやすいにも関わらず、ストーリーの先を読めないようにすることに成功している。

この作品、まず展開の選択肢が広い。ハッピーエンド、バッドエンド、ホラー展開、メタ展開、お約束、なんでも有りだ。本作品はサイコ気味な要素がフィーチャーされがちで、そのため奇を衒った作風の作家だと認識されている風もあるけれども、そのサイコ要素も多様な選択肢の一つでしかない。決して、肌触りの悪い作品群ばかりを創りだしている作家では無く、自由な選択肢の表現を求めた結果、そういった作品も含まれてしまうようになっただけだと思われる。

そして、既存の作品を見せ球にする仕掛けが非常に巧みである点も見逃せない。無意識に、ランダムに各短編のストーリー展開を選んでいるわけではないのだ。喜劇と悲劇の配分、ポップやダークな要素を匂わせる絵柄、漫画としての構成、コマ割りが巧みに計算によって為されている。過去の作品を読んで「この作家はこういう作品を書く人だ」と想像されることすらも前提としているような、読者の意表を突いた展開の数々。その結果、この漫画のページの一枚一枚は非常に重い。この先には何が待っているのか、ページを捲ることがこんなに楽しみになった漫画は久しぶりだった。

そしてさらに、そういった「ストーリー展開に特徴がある」という作品への想像すらも見せ球とした短編すら存在する。もう脱帽するしかない。

恐ろしいことに、このアイディアが詰まった作品は週刊連載されている(らしい、本誌は読んでいない)。この才能がいつまでも続くことを願う。

いとしのムーコみずしな孝之

  • イブニング連載中 単行本最新2巻

柴犬ムーコと、吹きガラス職人のこまつさんと、仲間たちのゆかいな生活を描くコメディ。

いとしのムーコ(1) (イブニングKC)

いとしのムーコ(1) (イブニングKC)

世の中の犬猫漫画の大半は嫌いだった。それは人間にとっての理想の可愛さ、忠実さを描くものばかりだからだ。人間に媚びる動物の物語を人間自身が生み出している。とても気味の悪い話だ。

なので、猫漫画でも人間の目線を極力介在させない、猫視点で猫の世界を描いた「クロ號」は素晴らしい漫画だったと感じているし、犬猫漫画はそうあるべきだと思っていた。しかし、考えを少し改める必要がありそうだ。この「いとしのムーコ」は人間にとっての犬の可愛さを描いた漫画である。しかし、リアルだ。犬を飼っている人達にとっての共感できる要素が詰まっている。作者のみずしなさんの絵柄は決してリアルなものではないが、この作品に描かれたムーコの表情、仕草はとてもリアルだ。ムーコは実際のモデルが存在する犬であるが、そのはしゃぐ犬の姿を切り取る作者の着眼点が素晴らしいのだろう。

この作品と世の中の大半の犬猫漫画との決定的な違いがあるとすれば、「人間が上から目線で描いていない」ことだろうか。作者が動物の行動を「おやおやほほえましいですね」「ほんとうにおりこうさんですね」と神の視点で捉えていない。動物と対等な人間の視点で捉えている。

現実の犬猫なんて本当に気紛れで、飼い主が大好きでも、全て飼い主にとって都合のいいように動いてくれるわけじゃない。ただそれを忠実に描いてくれる、ただそれだけで愛おしい漫画だ。

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子九井諒子

  • 短編集 同人誌他より

創作系同人誌等で活躍している九井諒子さんの発表作品をまとめたSFファンタジー作品集の第二作。

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

九井諒子作品集 竜のかわいい七つの子 (ビームコミックス)

前作を「これまでの作品群を選抜して集約した渾身の作品集」と思っていたので、たった一年で次の作品集がリリースされたことには本当に驚いた。

前作の作品群と通ずるところがあるけれども、まずはその各短編それぞれの世界観の発想に心を惹かれる。この作者は世界感の発想が飛んでいるだけではなく、キャッチーであることが大きな特徴だ。独り善がりではなく読み手の視線を意識した、長期連載に耐えうる強度を持った世界感が次々に飛び出してくる。なので、短編集を読んでいる感覚がない。

また、世界感によって絵柄を使い分ける器用さも持った作者であり、その多様な才能には感服する他ない。人と人?の関係性、他者への理解を丁寧に描くテーマ性は前作より継続、今作では、ストーリーの展開もよりポップになっており、更なる成長の可能性すら感じられてしまった。これだけの才能を持った作者なのに、まだ伸びしろがあるのか!

もうすっかり「九井諒子」という名前に反応してしまう程のファンになってしまっている。この作者の作品であれば間違いない。機会さえあればカジュアルに投げ銭したい作者の一人だ。

作者のWebサイト「西には竜がいた」で度々出てくる「ゴーレム使役」シリーズの長期連載を祈念している。

ボールルームへようこそ/竹内友

社交ダンスに出会い、競技の世界へ足を踏み入れてしまった少年の熱血成長譚。

ボールルームへようこそ(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

ボールルームへようこそ(1) (講談社コミックス月刊マガジン)

熱い少年漫画は月刊少年マガジンに任せよう。
capeta」「ましろのおと」「四月は君の嘘」過去には「BECK」といった、熱量の高い少年漫画の宝庫である月刊少年マガジンが、また新しい熱い漫画を送り出している。

競技の舞台に足を踏み入れてから、この作品は段違いに面白くなってきた。目標を見据えた少年少女達が散らす火花の熱いこと。

特筆すべきはその画力だ。
熱いスポーツ漫画は、その息づかいを画力でどれほど伝えられるかが鍵となる。本作品の描写には繊細さと豪快さが両立しており、躍動感のある競技ダンスの熱量を余すところなく伝えることに成功している。汗がこちらまで飛んできそうなダイナミックさ、匂い立つように艶やかなダンサーの表情。これらはこの画力でしか伝わらない。

昨今のスポーツ漫画は、戦術に偏ったり、必殺技が出てきたり、スポーツの魅力を絡め手で伝えようとするものが多いが、この作品のように画力があれば、シンプルに視覚にその魅力を訴えかけることができる。漫画の魅力の原点を思い出させてくれる作品だ。

また、競技ダンスは男女ペアで行われることが、この作品の面白さを更に高めている。より高みを目指せるパートナーを求める男女の思惑と葛藤。「俺こそがこの女にふさわしい」「僕が彼女の魅力を引き出させてあげる」といった想いのぶつかり合いには、恋愛漫画以上に心躍ってしまう。

熱血スポーツ漫画として、これからの展開に期待したい作品。

『くーろんず』シリーズ/ダ・ヴィンチ・恐山

漫画作成ソフト「コミPo!」を使って描かれた、恐らく最も有名な商業連載漫画。主に女子高生が駄弁るギャグコメディ。

コミPo!」で漫画家を目指そうと思った人々の夢の大半を刈り取ってしまっただろう漫画。ダ・ヴィンチ・恐山の才能にはひれ伏すしかない。

コミPo!」で漫画を創るとなると、絵で勝負するのは難しいのでネタで勝負することになるのだけれど、そのネタの部分でギャグ漫画家大喜利バトルの優勝者である恐山さんに勝てるだろうか。このハードルはあまりにも高い。

この「くーろんず」、漫画の大枠設定もありがちなものなのだけれど、だからこそネタの純粋な面白さが浮き上がっている。特に視野の広さ、着眼点の斬新さ、ネタの瞬発力が際立つ。作者の才能をそのまま味わう漫画。

ニッケルオデオン/道満晴明

  • IKKI連載中 単行本最新1巻

唯一無二の世界を創り続けている道満晴明の短編作品が「ニッケルオデオン=屋根付き劇場」にて上映開始。

ニッケルオデオン 赤 (IKKI COMIX)

ニッケルオデオン 赤 (IKKI COMIX)

快楽天での連載が四コマになって、それはそれでとても面白いのだけれど、道満晴明さんの持ち味の一つである短編漫画が読めないのは残念だった。なので、今回一般紙で短編連載が復活すると訊き、とても楽しみにしていた。

また、その連載誌がIKKIなのがとても良い。エロにテーマが縛られなくなったこと、逸脱した世界観に制限がかからないだろう作風に合った連載誌であることにより、さらに物語の幅が広がった。

突飛な設定から、コメディとシリアスの間を自由に行き来するそのストーリー展開は、快楽天で読者に対して繰り広げた水爆戦よりも丁寧になっており、読者側がじっくりとその世界を想像できる余地がある。各短編は八ページと短いが、その八ページの余白を楽しむ漫画なので、この枚数で丁度良い。余韻に浸る漫画。

ひばりの朝ヤマシタトモコ

女っぽい十四歳の少女「手島日波里」の周りの人々のオムニバス独白集。

ヤマシタトモコ作品屈指の鋭さを持つ作品。

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

ひばりの朝 1 (Feelコミックス)

彼女の存在に自らの心を見透かされてしまう人々の独白が続く。十四歳の少女一人の存在に、勝手に振り回され、勝手に感情を露わにする人々は、一見醜い。しかし、この作品は読者を高みの見物とはさせてくれない。語り手に感情移入してしまったが最後、この作品は語り手を読者毎ばっさり切り捨ててしまう。

周りの大人や同級生達に迫害され、行き場を失ってしまった「ひばり」。世間によくあるこのような粗筋の物語なら、読者はひばりに同情し、そのような境遇に追いやった人々に憤りを感じることができるはずだ。

しかし、この物語はそんな安易な批判を許さない。「追いやったのは、お前だ」「妬みの持つ刃に無自覚な、お前だ」という刃を、語り手を通して読者に突き付けてくる。個人個人が持つ少しずつの欲望や妬みが、少女を押しつぶしていく。それが残酷な「現実」だ。

エゴをまき散らす語り手達、客観的にはとても自分勝手に見える。しかし、その登場人物こそが明日の読者なのだ。その差は思ったより小さく、この漫画の刃が読者に届いてしまうほどに近い。そのことを、心しておきたい。

そらいろのカニ/ふみふみこ

  • COMICスピカ連載完結 単行本全1巻

時代や性別を超えて出会い続ける「カニ」と「エビ」の輪廻の物語。

そらいろのカニ (バーズコミックス スピカコレクション)

そらいろのカニ (バーズコミックス スピカコレクション)

今年のふみふみこさんは他の著作も良かったのだけれど、その発想力が遺憾なく発揮された本作品を今年の代表作として挙げたい。

舞台を変えて歪に絡み合う二人の生・性。何れも決して綺麗な物語では無いが、歪だからこそ、そこにより確固とした関係性を感じられるところが興味深い。ご都合主義のような輪廻の出会いより、何度引き裂かれて諦めてもどうしても出会ってしまう輪廻の出会いの方が、より強い運命を感じてしまう。その輪廻と運命の物語は、手塚治虫火の鳥」にも通ずるところがある。

自由な発想で取り留めなく展開する物語だったが、最後に投げっぱなしにすることなく、連作集としてきっちりまとめられている点も評価したい。心の奥の秘密に踏み込む物語であるが、物語の構成のおかげで気持ちの良い読後感が得られる、とてもバランスの取れた秀作だ。

100-HANDRED- 高畠エナガ短編集/高畠エナガ

高畠エナガさんの短編集二作目。連作「100 -HANDRED-」と小粒の短編が少々。

高畠エナガ短編集 2 100

高畠エナガ短編集 2 100

短編集との体裁であるが、「100 -HANDRED-」が本の約八割を占めている。ただ、この「100 -HANDRED-」の爽快感がたまらない。100の武器を内蔵した女性型アンドロイド、彼女が笑顔で腕を広げると脇から武器が束で突き出てくる、なんてもうその描写だけで男心は大満足だ。

高畠エナガさんの特徴である、女の子の表情豊かさは相変わらず。私はキャラクターを愛しているんだ!私のキャラクターを見て!このポーズを見て!と言わんばかりにコマ狭しとキャラクターが動き回る、やや過剰とも思える演出もむしろ爽快だ。

最近はアクション漫画でも技巧的なものが増え、「熱いアクションをやりたいようにやる漫画」は少なくなってきているので、こういった漫画がより新鮮に感じられるのかもしれない。作者の楽しそうな叫びが聞こえてくる漫画、こちらの表情も無理矢理笑顔にしてくれるような漫画、漫画の「力」を久々に感じられる作品だ。

ストーリーやキャラ設定も、一癖あるものとなっており、単純なアクションもの以上の満足感を得られた連作集。作者が現在連載している長編漫画が楽しみだ。ただ、短編集としての質は前作「Latin」の方が高いと思う。入門編としてはそちらをお勧めしたい。

海獣の子供五十嵐大介

  • IKKI連載完結 単行本全5巻

ある夏に、少女が体験した冒険。大洋を舞台とした五十嵐大介の初長編作品。

海獣の子供 1 (IKKI COMIX)

海獣の子供 1 (IKKI COMIX)

祝完結。4巻まで難解なストーリーが展開される漫画だったけれど、最終巻にてそのストーリーの結末は絵で語られた。その描写力は圧巻。作者の絵の上手い、下手には賛否両論があるが、そのシーンの切り取り方、魅せ方は文句なく「上手い」と言い切れるだろう。この描写、「漫画」というメディアでしか成立し得ない作品だった。

いくら言葉を尽くしても、分かりやすく表現できない世界がある。海は陸より広大で、陸の生き物である人間には理解できない世界が広がっている、かもしれない。海の物語を人間が理解できるように語った、架け橋のような作品。




以上10タイトルなのだけれど、1タイトルを追記。本選定では、ノンフィクションへの評価はなるべく行わないように心懸けているのだけれど、今年のまとめとしてこの作品を外すわけにはいかなかった。

人間仮免中卯月妙子

  • 描き下ろし

統合失調症の作者が、波瀾万丈の人生と大事件を、周りの人々に支えられ乗り越えていく物語。

人間仮免中

人間仮免中

物語中の作者は生きることに精一杯である一方だが、その作者から産み出されたこの作品のなんと雄々しいことか。これほどまでに、単なる「生きること」に夢中で必死な人間の叫びを聞いたことはない。読者に簡単には「同情します」と言わせない、安易な心の寄り添わせを跳ねのける迫力が、この漫画にはあった。

読者のための美化などは全くない。ただ自分のために、身近な人のために、生きていく。だからこそ、この物語は純粋で心動かされるのだ。

統合失調症」という症状は知識としてはあるが、自らがそういった症状にはなっていないし、身近に統合失調症の人もいない。この物語を通して「統合失調症を理解できた」とも言えない。やはり、遠い存在であることを実感するばかりだったが、ただ決して「別世界」ではなかった。その距離を理解することができただけでも、一つの収穫だったと実感できるだろう。

また、この作品の妙味は、物語後の後日談である。美しいフィナーレを迎えたように見えた物語であるが、その後にも彼女の苦難は続いていた。支えが一つ無くなり、それでも現実は容赦無く牙を剥く。そう、この物語はノンフィクションであり、美しいフィナーレの後でも現実として続き続ける。この、嘘のような物語を体験している人間が、今同じ現在を生きているという事実を覚えておきたい。