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2010年の漫画10タイトル

2010年に単行本が発行された漫画の中から面白かった10タイトルを選ぶ企画。

去年もやった企画。今年もやる。

選出基準

  • その年に単行本が発行された漫画
  • 過去選出作品は原則除く

過去って去年しかないんだけれどね。では順不同でスタート!



さよならもいわずに (ビームコミックス)

さよならもいわずに (ビームコミックス)

最愛の妻の突然の死に見舞われた作者が、その妻との思い出とそれからを綴ったノンフィクション漫画。


「愛する人の死」を取り扱った物語は最早、「ベタ」「食傷」と揶揄される程世の中に溢れてしまっているけれども、本作がそれらの類似作品と大きく異なる点は、ひたすらに「自分が描きたくて描いた、その感情が溢れて出ている作品」であることだ。
誰かに感動を押し売りするために描かれた作品ではない、ただ自分のために描かれた作品であるからこそ、作者の感情がそれそのままに投影されており、その結果、作品の純度が高められている。
「純度が高い」というのは、綺麗事だけで固められた物語では無く、ただ作者が心に受けた衝撃がそのままぶちまけられているという事。悲しみが憎しみに反転したり、冷静な振りで突拍子もない行動に出たり、自らの死を望む気持ちが頭をよぎったりする、といった生々しい感情の見え隠れに、読者は心を貫かれてしまう。

実際には、人の死に際して「余命○ヶ月」なんて丁寧に宣告して頂けることは少なく、人の死なんて何の前触れも無く突然、もしくは死に浸食されていることに慣れてしまった頃に、不意打ちされてしまうもの。残された者は、その後から故人の思い出を忍ぶしかない。突然死は余命宣告より残酷だ。救いが少ない。

そのような「突然死」前後の心境を描くこの本作の時間軸は度々前後し、構成は複雑なのだけれど、妻が亡くなってから作者に訪れた感情の流れとしては恐らく正しいのだろうなあ。時間軸の切り貼りの仕方はドキュメンタリー映像作品的。
ただ、そういった構成の中で漫画ならではの表現も随所で効果的に使われており、それが漫画以外のメディアでは決して成立しなかったであろう、鮮烈な読後感を作り出している。
現実には存在しない「漫画の表現」にて現実の感情を再現しようとする試みは、ベテラン漫画家ならではのものかもしれない。

誰にでも突然に訪れる可能性がある「人の死」というものについて、改めて考えさせられる作品。

今年の「このマンガ〜」的なリストの上位に挙げられている作品だけれども、それら企画の各評を読むに、その作品性から「このマンガはランキングに挙げるべきではない」と考える投票者も多かったようで、作品の支持自体は一位になってもおかしくないレベルだったのではないかなあ。2010年必読作品。



にこたま(1) (モーニング KC)

にこたま(1) (モーニング KC)

  • モーニングツー連載中 単行本最新2巻

長年同棲している29歳のカップルが直面したある事件。ゆるゆるとしていた二人へ迫る現実と決断。


さくっと導入部のネタバレしてしまうと、カップルの旦那の方が会社の上司と浮気して子供ができてしまった、それを相方の彼女に告白してしまって、二人の関係が歪んでいく、という話。

状況には真綿で首を絞められるような息苦しさがあるけれども、度々挟まれる軽いテイストの会話や描写が中和してくれるので、読感は案外軽い。
いや、軽いテイストは厳しい現実から目を背けそうになるカップル二人の心情の現れなのかもしれない。自分達の関係に大きなドラマが起きてしまっても、周囲はそのドラマとは関係なく平穏を保ちながら続いていく。自分さえ騒ぎ立てなければ、自分がこの出来事を消化できさえすれば、これまでと変わらない日常を取り戻すことができるかもしれない。
そうしてまた、ゆるゆると関係は元通りになりそうになるのだけれど、現実はそれを許さない。二巻ではさらに新たな事件の影が迫ってくる。作者は登場人物に対してドS。

カップル二人が主人公なのだけれど、感情描写はやや彼女側寄り。連載が男性誌だから、彼氏側の感情描写は自分で補完お任せってことなのかな。
ただ、男側はやっぱり立場が悪いので、迂闊に感情移入してしまうとそのシチュエーションに息が詰まるのだけれど。作者は男性読者に対してもドS。きっと。

色々積み重ねてきたものがあって、だから事件があっても今の環境を思い切って手放すのには勇気が必要で……という、歴史を背負ってしまった三十前後の男女の難しい立ち位置が上手く描かれている。
先がまるで読めない、いや先を読みたくない、でも気になる、というアンビバレンツな感情を抱いてしまう、今一番悶える漫画。



惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

惑星のさみだれ 1 (ヤングキングコミックス)

世界を救う指輪の騎士に選ばれた主人公の雨宮夕日。
守るべき「姫」の朝日奈さみだれ、及び指輪の騎士仲間と共に、世界を滅ぼす魔法使いとの戦いに挑むが、守るべき姫には世界を救う以上の更なる野望があった。


バトルの殿堂である「少年ジャンプ」ですら読む事が難しくなってきたと思っている正統バトル漫画。
最近のバトル漫画は設定が色々複雑になってきて、単純にストーリーとバトルを楽しめるバトル漫画が減ってきたなあと思う。
本作は、一つ一つの設定にオリジナリティは無いのだけれど、それらを複合することで王道ながらオリジナリティが出せている漫画。主人公達それぞれに能力・必殺技があったり、主人公達それぞれにバックグラウンドがあったり、喪失を乗り越えた先に成長があったり、一つ一つの要素はありがち。ただ、それぞれのディテールを掘り下げていく事で自ずとオリジナリティが生まれている。
ただ、バトル漫画なのに全10巻のストーリー構成がしっかりしているのはラノベ的かもしれない。構成がしっかりしているバトル漫画、というのは案外珍しい気がする。

この漫画、知る人ぞ知る的な人気があったのだけれど、このまま「知る人ぞ知る」で終わってしまうのは勿体ない。連載雑誌はマイナーだけれどもストーリーはメジャーで、「バトル漫画」を求めている人であれば誰でも取っつきやすい漫画だと思うので是非。
10巻でエピローグ含めてきっちり綺麗に終わってくれたので、今回選出。
奇を衒ったり、グロ描写に走ったりするようなバトル漫画が最近多い中、無心に楽しませてくれるバトル漫画は一周回って貴重。2クールでアニメ化とかすれば良いのに。



ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

ハルシオン・ランチ 1 (アフタヌーンKC)

元会社経営者で現ホームレスの主人公、化野元の前に突然現れた少女ヒヨスは、何でも食べてしまう宇宙人だった。そんな二人?の周りで巻き起こる騒動を描いたコメディ漫画。

作者の沙村広明は「『無限の住人』の作者」というイメージが強いと思うのだけれど、その長期連載の脇でひっそり刊行されていた「おひっこし」でのコメディ路線に惚れていた人にとっては待望の連載コメディ漫画。
作品としての取っつきやすさは「おひっこし」の方が上なのだけれど、本作は「何でもありSF」の要素を取り入れてストーリー性を削いだ事で、コメディ漫画としての純度がより高まっている。もうネタ主導でストーリーや人物設定が後付けされているような気すらする。作者は楽しいだろうな。
無限の住人が最終局面に差し掛かっており、緊張感のある戦いが延々続いているところ、この漫画がガス抜きとなって丁度作者の中のバランスが取れているのかな。などと、邪推してみたり。

笑いのセンスは相変わらずで、人物達に対して作者がテロップ的に解説を入れて笑わせる手法は最早唯一無二のレベル。テロップで笑わせる手法自体は最近テレビでも見かけるようになったけれど、ネタの踏み込む角度や深さが段違い。シリアスもエログロへも手を伸ばす作者に、なぜこんなにも笑いの言葉センスがあるのか不思議で仕方ない。

旬のネタやパロディネタも含まれているので、鮮度が落ちないうちに読んでおきたい漫画。アクが強いので、「おひっこし」を読んだ事が無い人には、入門編として「おひっこし」の方をお勧めしたいけれど。



惡の華(1) (少年マガジンKC)

惡の華(1) (少年マガジンKC)

フランスの詩人ボードレールを愛する主人公の春日高男は、ある日片思いの相手である佐伯奈々子の体操着を盗んでしまう。それを目撃した仲村佐和は、主人公に「契約」を結ばせ、それから主人公は彼女に大きく振り回される事になる。


単行本の表紙が印象に残っている人も多いはず。表紙にインパクトがあり過ぎて購入のハードルが高い。この漫画のターゲットである男子中高生はこの漫画を買えるのだろうか。

主人公の春日高男、主人公を脅す仲村佐和、主人公の片思い先の佐伯奈々子の三人の関係を中心に物語は進んでいくのだけれど、仲村さんが主人公の変態性の扉を強引に開いていく、その過程がえげつない。

思春期でこじらせてしまった情動衝動妄想が物語のテーマとなっているのだけれど、この三人の関係は、誰にも見せられない「秘密の自分」の解放に向けての「天使」と「悪魔」の葛藤を象徴していると捉えるべきか。仲村さんが主人公に見せるいい笑顔は「小悪魔」より「悪魔」との表現がよく似合う。
主人公に自己投影して仲村さんに責められるのを楽しむも良し、とんでもない行動を迫られる主人公を客観的に笑うも良し、この漫画の楽しみ方は人それぞれ。

そんな楽しみ方はさておき、中学生の「思春期の衝動」を即物的な性的衝動として描かず、抑圧される本能として描いた漫画は貴重だなあ、との観点で選出。
本作に比べ、世の中に溢れる女子の露出度で競っている漫画のなんと健康的なことか。

最新巻のラストで遂に変態への扉を完全解放しまった主人公。次の展開が待ち遠しい。



知る人ぞ知る漫画家、小田ひで次の近況エッセイ漫画。


年に一冊単行本が出るか、というレベルでの寡作である作者「小田ひで次」の近況エッセイ漫画。
……なのだけれども、恐らくフィクションと思われる部分や、自分以外の人物の心理描写なども多々あったりして、どこまで事実として鵜呑みにして良いのか分からない。通常のエッセイよりも少し距離を置いて「物語」として読むのが良いのだろうなあ、という漫画。

代表作の「拡散」の印象から、自己言及の多い作品を描く漫画家という認識だったのだけれど、この作品でも、その自意識の強さは健在。エッセイ漫画なのに、自分の想像や願望で自分以外の人物を深く描写してしまっている気がする。大丈夫なのか。ただ、自意識が強い=自らを美化するというわけではなく、むしろ自分を切り売りするような描写が多々入っていて、自意識の高さが嫌味には感じない。
自らの将来に悩む四十路男の葛藤と成長の漫画としても面白く読めてしまう。

自分以外の登場人物も独りでに動いているエッセイ漫画、エッセイ漫画を描くまでの過程をエッセイ漫画にしてしまう、というメタ構造、と、普通のエッセイ漫画では味わえない「小田ひで次」ならではの自伝的作品となっている。
エンターブレインからの「拡散」の再発も踏まえてさっくり書いてしまえば、小田ひで次宣伝漫画。小田ひで次を知らない人でも、恐らく楽しめると思う。

そう後、冒頭にある黒田硫黄との交流を描いた漫画に対しては突っ込みを入れたくなった。
黒田硫黄が「プロは絞り出して締め切りに間に合わせる」と豪語しているのだけれど、これは笑って良いのかどうか……。



今日のあすかショー 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

今日のあすかショー 1 (BIG SPIRITS COMICS SPECIAL)

美少女フェチ漫画。


多分江口寿史を意識しているのだろうなあ、という装丁とタイトル。
内容もフェチっぽいところは江口寿史を狙っているのだろうなあと思ったけれども、実際はむしろ作者のモリタイシ自身が持っているフェチの部分が滲み出ている漫画だと思う。

この作者は、女の子のスタイルに対するこだわりが異常。
確かナタリーでのインタビューでも答えていた通り、胸やお尻の高さや腰の位置やらくびれ方やら、かなりこだわっていると思う。(この辺りは別作品での女子の描き分けを見た方が分かりやすいと思うけれど)

この作品は、毎回シチュエーションテーマを掲げた連作ショートの形を取っているのだけれど、そのシチュエーションも恐らくは作者のフェチセンスによって選ばれている。
いや、ヒロイン自体が作者のフェチ心の塊なのかもしれない。ヒロインの「天然度合い」のさじ加減に作者の強い意志を感じる。「天然」と言っても、男にとって都合良い程度に頭が足りない、というありがちなドジッ娘ではないことがポイント。あざとい部分は見事にあざといのだけれど、何かちょっと捻ってる。

エロに比重が置かれた漫画は、とりあえずエロくしておけば構成は単純でいいやーという心理が働くのか(とっととベタにエロくしやがれという想定読者のニーズなのか)何故か大抵展開がベタになってしまうものなのだけれど、そういった作品群とは同列で扱えない、むしろ対極にある、作者こだわりの漫画。



ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

ハックス!(1) (アフタヌーンKC)

高校にてアニメーション研究部に入部した主人公の阿佐実みよしを中心に、部外も巻き込みながら繰り広げられる自主アニメ製作漫画。


自主アニメ製作がテーマの漫画ということで、アニメ製作に向けて少しずつステップアップしていく描写は興味深いし微笑ましいのだけれど、そういった「HOW TO 漫画」の要素だけがこの漫画の面白さではない。
この漫画では、「成し遂げられる人」と「成し遂げられない人」の差が生々しく描かれる。多くの「まだ成し遂げられていない人」には心に突き刺さる漫画になっているだろう。

主人公は自主アニメ製作という目標に向けて突き進むわけだけれども、アニメ製作は並大抵の努力で成し遂げられるものではない。主人公は、人一倍の努力と才能にて「アニメ製作」という険しい山を先陣切ってザクザクと登っていくわけだけれども、その過程で、生半可な気持ちで参加していた人は振り落とされてしまう。

才能があってやる気があって、結果を出している人の周りには自然と協力者が集まってくるわけだけれども、立ち止まって何も生み出さない人に、わざわざ手を差し伸べてくれるような奇特な人はいないし、やる気がある人がペースを合わせてくれるわけでもない。
そのような、当たり前のことが当たり前のように描かれる。
高校の部活が舞台の漫画で、そういった「零れていく様」がリアルに描かれることは珍しい。部活が「仲良しの集まり」では超えられない壁にぶつかった時、皆がその壁を協力して乗り越えようとしてくれるとは限らないし、乗り越える気が無い人には乗り越えられない。それが現実。

本作品、最終話はかなりバタバタしてしまっているのだけれど、この漫画のキモ、恐らく作者が一番伝えたい事はその最終話に詰まっているので、最後まで読んで欲しい。そして、何かを創作したい人は、なるべく若い頃に読んでおいたほうがきっと良いことがある漫画。



うさぎドロップ (1) (FC (380))

うさぎドロップ (1) (FC (380))

祖父の葬式にて見つかった隠し子のりんを、その場の勢いで育てることになった主人公の大吉。独身の三十路男と6歳の叔母との同居生活が始まる。


男一人の子育て漫画なのだけれど、そういった漫画にありがちな描写(子供が言う事を聞かなくて怒鳴ったりして自己嫌悪に陥るとか、子供が不良になったりするとか)はない。
そもそも「子育ての大変さ」というところがテーマの漫画ではなくて、妙な関係性の二人とその周りの人達との人間関係を描くことに主眼が置かれているので、肩の力を抜き素直に楽しんで読む事ができる。

現在は第二部として、りんを引き取ってから十年後が舞台となっているのだけれど、最新巻では「恐らくこう収まるのではないか」という予想を裏切る展開が繰り出されて、なかなか物語の先を読ませてくれないところがニクい。
物語自体は静かに流れていくのだけれど、次巻が待ち遠しい「ヒキ」を残してくれる漫画、ということで、今年あえて選出。

三十代独身の男が読むと、思いの外面白い漫画だと思う。「いいなー俺も子供引き取りたいなー」とか妙な事すら考えてしまうのでお勧め。



少女ファイト(1) (KCデラックス イブニング )

少女ファイト(1) (KCデラックス イブニング )

  • イブニング連載中 単行本最新7巻

主人公の大石練は、天才的なバレーボールの才能を持っているが、中学校までに積み重ねてしまったトラウマによってその爪を隠していた。しかし、高校進学による周囲の環境の変化により、再びその実力と向き合う事となる。


日本橋漫画×スポーツ漫画」ということで、ひたすらに熱い。「熱いスポーツ漫画」として今一番勧められる漫画。特に最新巻での主人公の覚醒がクソ熱い。

主人公のみならず、各登場人物の心理描写に比重を置く構成が多い作者。
本作でも主人公が高校に進学した後は、そのチームメイトの背景を掘り下げる展開がずっと続いていた。
コート外の人間模様を描く部分が増えることにより、スポーツ漫画成分が減少し何か物足りなくなってきていたのが、高校編突入後の本音だったのだけれど、最新巻の展開では、やはりこの漫画の主人公は大石練であり、この漫画はバレーボール漫画である、ということを改めて感じさせてくれた。

人物相関図の線の密度が妙に濃かったり、家族間の力関係などスポーツとは別の要素が絡んできたり、登場人物それぞれ上手い具合にカップリングが成立する未来が見えているなど、正直お膳立てが過ぎる部分があるけれども、それは作風と言う事で都合良く解釈。
スポーツ漫画なので「不幸な境遇も結局全て良い方向に回り始める」で構わない。その過程が熱ければ問題ない。

バレーコート上での熱さは健在だった最新巻にて再評価しての選出。
最新巻は7巻だけれども、恐らくはまだまだ物語としては序盤、これから大会が進むにつれてスポーツ漫画としての面白さがより濃くなるであろうことを期待する漫画。



以上、10タイトル。

「よんでますよ、アザゼルさん。」「青空にとおく酒浸り」「SARU」「イエスタデイをうたって」辺りが次点だった。ちなみに「進撃の巨人」は取り立てて面白いとは思っていない。

今年は選出に結構悩んでしまった。
漫画自体は結構買っているのだけれど、こういう「ベスト」に選出したくなるようなインパクトのある漫画が今年は少なかったかな。自分は楽しんでいるけれど、人に勧めるとなると少し躊躇してしまうような漫画が多い。漫画のニッチ化が進んでいるということか。単純に自分の嗜好が変わっただけかもしれないけれど。

それにしても今年は特に講談社の漫画が多いなー。モーニング/アフタヌーン/イブニングを毎号購入している人なので、その影響があるのだろうけれど。